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沿革・歴史

当委員会の発足

Jリーグの発足を目前に控えた1992年、大分県では2002年W杯地方会場誘致など夢のある事案が推し進められ、県協会としても組織の充実をはかる必要に迫られていました。 医療の面においても多様化するサッカーの外傷・傷害の治療と予防の正しい知識をサッカーの現場に普及させるため、また将来ある子供たちの心身ともなった成長・発達をサポートするために組織的な活動が必要と考えられてきました。3 月 28日著者の呼びかけに当時、県内でサッカー好きと定評のあった先生方(田村裕昭・伊東啓・坂本貞昭・三重野龍彦)にお集まり頂き、懇親会を開催したのが始まりでした。当時の篠永理事長の深い御理解と後押しを得て、常務理事会、理事会などで趣旨説明を行い、9 月 19日、正式に医事委員会としてその設立が承認されました。構成メンバーは「サッカーファンであり、大分県サッカーの発展に貢献する医師、医学関係者」とされました。