沿革・歴史
当委員会の発足
Jリーグの発足を目前に控えた1992年、大分県では2002年W杯地方会場誘致など夢のある事案が推し進められ、県協会としても組織の充実をはかる必要に迫られていました。 医療の面においても多様化するサッカーの外傷・傷害の治療と予防の正しい知識をサッカーの現場に普及させるため、また将来ある子供たちの心身ともなった成長・発達をサポートするために組織的な活動が必要と考えられてきました。3 月 28日著者の呼びかけに当時、県内でサッカー好きと定評のあった先生方(田村裕昭・伊東啓・坂本貞昭・三重野龍彦)にお集まり頂き、懇親会を開催したのが始まりでした。当時の篠永理事長の深い御理解と後押しを得て、常務理事会、理事会などで趣旨説明を行い、9 月 19日、正式に医事委員会としてその設立が承認されました。構成メンバーは「サッカーファンであり、大分県サッカーの発展に貢献する医師、医学関係者」とされました。
-
2018 年
2017 年度 1 月 23 日 第3回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)、2018年度5 月 29 日 第1回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)、9 月 25 日 第2回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)
-
2017 年
2016 年度 1 月 24 日 第3回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)、2017年度5 月 30 日 第1回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)、9 月 26 日 第2回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)
第62回 サッカードクターセミナー を大分で開催(3 月 10 日、11 日)
大分県6ブロック地区でのメディカルマネージャー講習会を開始
-
2016 年
2015 年度 2 月 9 日 第3回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、2016年度5 月 31 日 第1回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)、9 月 27 日 第2回医学委員会開催(OSC:Oita Sports medicine and Culture hall)
JFA BLSプロジェクト立ち上げ
九州サッカー協会医学委員長に内田六郎 氏が就任
大分県サッカー協会医学委員長に松本善企 氏が就任
大分県サッカー協会医学委員会事務局が青山整形外科クリニックから大場整形外科へ移行
-
2015 年
2014 年度 1 月 27 日 第3回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、2015年度5 月 25 日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、10 月 6 日 第2回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)
医学委員会活動用ポロシャツ作成
-
2014 年
2013 年度 1 月 28 日 第3回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)2014 年度5 月 27 日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、9 月 20 日 第2回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)
トレセントレーナー及び栄養士のサポート活動が予算化される
-
2013 年
2012 年度 1 月 22 日 第3回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)2013年度5月31日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、9 月 30 日 第2回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)
-
2012 年
2011 年度 1 月 17 日 第3回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)2012年度5 月 29 日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、9 月 25 日 第2回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)
U-15クラブユース連盟の登録に、メディカルマネージャー設置が必要(2011年度第3回議事録より)
-
2011 年
2010 年度 2 月 4 日 第4回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)2011年度5 月 17日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、9 月 13 日 第2回医学委員会開催(大場整形外科東館)
サッカーファミリー認定制度開始
U-15クラブチームの事務局内に、Mマネ養成講習会についての連絡担当者を置くことを提案
-
2010 年
2009 年度 1 月 22 日 第3回医学委員会開催(コンパルホール) 2010年度4 月 16 日 第1回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、9 月 14 日 第2回医学委員会開催(青山整形外科クリニック)、11 月 9 日(青山整形外科クリニック)
スポーツ外傷・障害プロジェクトパンフレット(第2版)印刷
メディカルマネージャーWeb上での登録開始
サッカー協会活動時のAED2台購入
-
2009 年
1 月 23 日 第3回医事委員会開催(青山整形外科クリニック)2008年度 5 月29 日 第1回医事委員会開催(青山整形外科クリニック)2009年度
-
2008 年
JFAのキャプテンズ・ミッシヨン2008年度支援制度(チャレンジFA)にスポーツ外傷 障害防止プロジェクトが選定される。スポーツ医学委員会よりパンフレット(初版) を印刷する。 5 月 16 日 第1回医事委員会開催(青山整形外科クリニック) 9 月 9日 第2回医事委員会開催(青山整形外科クリニック) 12 月 20日 第3回医事委員会開催(コンパルホール309号室)
-
2007 年
5 月 27 日 大場委員長の県協会専務理事就任により、 スポーツ医学委員会に新たに内田六郎氏が就任。 事務局も大場整形外科より青山整形外科クリニックに変更。 第3回スポーツ医学委員会(12 月 20日)にてIT関連よりスポーツ医学委員会 荷での強化連携(内田)とのHPについてとCMSの説明(神宮氏)を実地
-
2006 年
11 月 10 日 第2回委員会にて県内を6ブロックに変更案承認
-
2005 年
10 月 28 日 第2回委員会にて県内を5ブロックに分割案承認
-
2004 年
2 月 28 日 ~29日 第34回サッカードクターセミナー(JFA)を開催(九州初) (当委員会主管:ビックアイ・東洋ホテル 他)
-
2003 年
4 月 大分県サッカー協会社団法人化に伴い、 医事委員会からスポーツ医学委員会に名称変更
9 月 21日 「サッカー傷害防止プロジェクト」発表
11 月 19日 キリン杯サッカー(日本VSカメルーン)医事運営
12 月 27日 当委員会からの呼びかけにより 第1回九州サッカードクターミーティングを開催(熊本県・大津町) -
2002 年
6 月 10 日 2002FIFA W杯大分大会医事運営(ベルギーVSチュニジア)
6 月 13 日〃(メキシコVSイタリア)
6 月 16 日〃(セネガルVSスウェーデン)
M.S.S研究会地域開催開始(県南地区・佐伯)(第24回) -
2001 年
7 月 4日 キリン杯サッカー(日本VSユーゴスラビア)医事運営 医事委員会中長期計画の策定
大分FC(トリニータ)メディカルサポートより撤退 -
2000 年
3 月 16 日 1999年度第3回医事委員会開催 組織変革(委員と協力会員に分ける) 大分県理学療法士協会スポーツリハビリテーション委員会会員の参加 W杯医事運営に関する準備開始
-
1999 年
大分FC J2メディカルサポート開始 「少年サッカー選手用ヘルスチェックシート」の普及活動開始
-
1998 年
月 2 日 第1回M.S.S(Medical Support in Soccer)研究会開催
U-12サッカー選手スポーツ傷害アンケート調査実施
各種委員会に当委員会より救急バックの提供贈呈 「U-12サッカーヘルスチェックシート」の発表 -
1996 年
小・中・高部活動アンケート調査実施
「サッカー医学マニュアル」大分県サッカー協会編 ホームページ開設(担当・松田貴雄委員)
12 月 8 日 第3回大分県サッカー医学セミナー(名称変更)開催(豊府高校体育館) 特別講演 関 純 氏(鹿嶋アントラーズ・チームドクター) -
1995 年
大分FC九州リーグ帯同(優勝) 大分FC JFLメディカルサポート開始
-
1994 年
4 月 23日 第1回指導者講習会(大分県サッカー医学セミナーの前身)開催 (市営陸上競技場) 大分FC(トリニティ)設立。メディカルサポート開始
-
1992 年
3 月 28 日 医事委員会設立に関する懇親会開催(都町・新丁)
6 月 14 日 常務理事会にて設立趣旨説明
7 月 16 日 第1回医事委員会開催(都町:魯山)
9 月 9 日 第2回医事委員会開催(ワシントンホテル・チャイナテーブル)
9 月 19 日 理事会にて正式に承認され、発足